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三浦春馬さん他界 親族が涙の沈痛告白 TVとは違って『〇〇で、〇〇な子だったんです。』

7月18日に亡くなった俳優の三浦春馬さん(享年30)

「春馬ちゃん、なんで……。思い当たることなんて一つもないんだけど、うちの家系はお酒を飲むとすぐに酔っぱらってしまうから、春馬ちゃんも酔って考え込んでしまったのでしょうか。あの子は人に気を遣って、困っている人がいたら手を差し伸べたりする子でした。奥さんや子どもでもいればまた違ったのかな。こんな早くに逝ってしまうなんて」

そう涙ながらに語るのは、三浦春馬さんの父方の親族だ。

三浦さんは港区の自宅マンションのクローゼットで首を吊り、その後に搬送された病院で死亡が確認された。

部屋からは「死にたい」と書かれた日記が見つかっており、警視庁は自殺とみて捜査しているが、未だ原因は明らかになっていない。

1990年に茨城県土浦市で生まれ、4歳の頃から地元の児童劇団「アクターズスタジオつくば校」に通い、子役として活動していた三浦さん。

「小さいときは、やんちゃな子だった」と懐かしむのは父方の親族女性だ。

茨城の地元でスナックを経営していた両親は、三浦さんが小学生の頃に離婚。

親族女性は、離婚直前の三浦さんの笑顔が忘れられないという。

「堀越高校に入ってから、春馬は1人で東京に行ったんですけど、母親もよく東京まで送り迎えして世話していました。

私が春馬と最後に顔を合わせたのは、ちょうど2007年の映画『恋空』に出演した前後の正月だったと思います。

その時は『お久しぶりです』って感じで、そんなに深い話はしなかった。『次はどんな映画やるの?』なんて聞いたりもしましたが、自分からは全然喋らない子だから。

テレビではあんなにハキハキと喋っていますけど、実際は全然違うんです。何か喋るときもお母さんをチラチラ見て、お伺いを立てるようにしていた。

繊細で、寡黙な子だったんです。春馬が幼い時に、『どうして役者が好きなの?』って聞いたら、『いろいろな役になれるから好きなんだ』って言っていました」

もし、私がもっと近くにいたら、ご飯でも作りに行ってあげたかった。あの子はつらかったのかな。でも、まだ事故だったと信じたい。それにね、この辺りにまだいるような気がするの。まだ亡くなったなんて思えなくて……」

三浦さんの冥福をお祈りします。

18日、突然この世を去った俳優の三浦春馬さん。

すでに遺書などが見つかっていることから自殺と見られており、芸能界、世間に大きな衝撃が走った。悲しみは当面癒えることはないに違いない。

出演予定だった9月スタートのテレビドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』(TBS系)も、すでに撮影が行われており3話まで収録済み。しかし三浦さんと“同格”の俳優を急ぎであてるのは困難を極める。内容もラブコメディーだけに死去という事実は重く、お蔵入りの可能性も十分にあるという。

三浦さんは長らく所属事務所アミューズのトップ俳優の一人として活躍してきた。同年代で彼と並ぶのは、最近はとりわけブレイクしている佐藤健で、2人の関係もよく注目されていた。

「三浦さんと佐藤さんは2008年の『ブラッディ・マンデイ』(TBS系)で共演し、話題になりました。プライベートでも仲がよかったのか、2人で旅行のDVDも発売しています。

ただ、その後はメディアで2人が絡むことも少なくなり、佐藤さんの誕生日写真に三浦さんがいないなどで『不仲説』も出ましたね。ちょうど佐藤さんの醜聞が頻発していた時期で、三浦さんが愛想を尽かした、なんてウワサも出ました。

しかし、アミューズの『ハンサムライブ』のメイキングなどで談笑している様子もあり、昨年発売されたアルバムのビジュアル写真には隣に写っています。

2人とも非常に頭のいい人物という印象もある。仮に不仲であったとしても、大人としての距離感という話ではないだろうか。メンタリストDaiGoも今回の訃報に「(友人の)佐藤健くんの紹介で三浦さんに会ったことがある」と動画で告白しており、関係が継続していたエピソードといえる。

佐藤は今回の件に何かを語ってはいないが、当然語る義務もない。2人ともこの10年、輝きを放ち続けた事実だけを知っていればいいように思える。